日本人の米離れが進むなか、一般的には「米農家は儲からない」と言われています。一方で、2024年は「令和の米騒動」として米不足や市場価格高騰がニュースを賑わせており、新規就農に際して米農家を選択肢に入れて検討されている方も多いのではないでしょうか。
事業計画策定に際しては、手始めに経済社会全体の動き(マクロエコノミクス)を大まかに理解しておくことが重要です。そこで本記事では、米産業の市場規模や需給の見通しをご説明した後、それをふまえて新規就農時に注意すべき点を確認します。
日本の米産業の市場規模は約5兆円
日本の米産業は、約5兆円の市場規模を持ち(図表1)、国内農業の中でも重要な産業の一つです。全国で広く栽培され、日本の主食として長い歴史を誇ります。しかし、その一方で少子高齢化、食生活の多様化、輸出競争の激化といった課題が存在します。市場規模は依然として大きいものの、米の需要減少や供給側の変動により、経済全体における影響力が変化しつつあります。これに加えて、国内外での米関連製品の輸出拡大や、農業技術の進化も重要な要素となりつつあります。
図表1. 米産業の市場規模推計(2020年時点)
出所:日本政策投資銀行・日本経済研究所「コメ産業の環境変化と今後の発展に関する調査 報告書」を元に筆者作成
日本国内の米の需要と供給は一貫して減少傾向
ここでは、日本国内の米の需要と供給について、これまでとこれからのトレンドを確認します。
2000年以降需要は一貫して減少。供給も需要に応じて減少
2000年以降、日本の米の需要は一貫して減少してきました。少子高齢化や食の多様化により、米の消費量は減少し続けており、特に若年層での米離れが顕著です。2000年頃には900万トン前後あった米の総需要は、2020年頃には800万トン前後にまで落ち込んでいます(図表2)。
この需要減少に合わせ、米の供給量も調整されており、政府主導で行われてきた「減反政策」などが供給を抑制しています。農業従事者の高齢化も相まって、供給自体も減少していますが、これはあくまで需要に対応した形での供給減であるため、需給バランスが崩れることはほとんどありません。
図表2. 日本の米の全体需給
出所:農林水産省「米をめぐる状況について」
2040年にかけて需要は一層減少。供給も需要に応じて減少見込み
2040年に向けた予測では、米の需要はさらに減少が続くと見込まれています。推計では、国内の需要量は2030年には650万トン、2040年には600万トン程度にまで減少するとされています。
一方で、供給量も需要に応じて減少が進む見込みです。供給量は2030年には680万トン、2040年には620万トンまで減少する可能性があり、需要に対しては十分な供給量が維持される見通しです。この予測は、高齢化や担い手不足は進行するが、農地の集約化や生産効率の向上により需要に見合うだけの供給量は維持されることを示しています。
こうした需給バランスの安定化は、価格変動を抑制する要因にもなっています。
今後の供給減少はあくまで需要に応じた調整であり、市場価格の大幅な上昇は見込みにくい
今後の供給減少は、基本的に需要に応じた調整であり、市場価格が急激に上昇する可能性は低いとされています。需給バランスが維持される中で、価格競争力を高めるためには、コスト削減や生産効率の向上が鍵となります。農家としては、生産規模を拡大することで収益性を高めつつ、輸出市場や新しい販売チャネルの開拓も視野に入れることが求められます。
海外の米の需要と供給は一貫して増加傾向も、供給不足の恐れあり
ここでは、海外の米の需要と供給について、これまでとこれからのトレンドを確認します。
2000年以降需要は一貫して増加。供給も需要に応じて増加
日本国外における米の需要は、2000年以降一貫して増加しています。特にアジアやアフリカ、南米などの人口増加が顕著な地域では、米が主要な食料品として需要が高まり続けています。これに伴い、米の供給も増加していますが、供給国側も生産能力の限界が見え始めています。インド、ベトナム、タイといった主要輸出国は、国内消費と輸出のバランスを取るため、生産拡大が求められていますが、農業インフラの老朽化や気候変動による影響が懸念されています。
2040年にかけて需要は一層増加。供給も増加するが、気候変動・水不足により不足する恐れあり
2040年にかけて、世界的な米の需要はさらに増加が見込まれています。特に、人口増加が急速に進むインド、アフリカ諸国では、米の消費量が増加し続けると予測されています。しかし、供給に関しては気候変動や水資源の不足が大きな懸念材料です。農業用水の確保が困難な地域では生産が伸び悩む可能性があり、これが供給不足を引き起こす要因となるでしょう。今後は、生産技術の向上や持続可能な農業へのシフトが求められます。
生産量の約10%が輸出入へ。供給が不足する国や、高品質な米へのニーズが高まる
現在、世界で生産される米の約10%が国際市場で流通しており、特に品質の高い米や特定の品種に対する需要が高まっています。供給が不足する国や、高品質な日本産米を求める国々では、輸入量が増加傾向にあり、日本の米農家にとっては新しい市場機会となり得ます。特に、富裕層をターゲットにしたプレミアムブランド米の需要が伸びており、輸出ビジネスの可能性が広がっています。
米・米関連製品の輸出額は急速に増加
ここでは、米・米関連製品の輸出額が増加している点を確認します。
図表3. 米・米加工品の輸出実績
出所:農林水産省「米をめぐる状況について」を元に筆者作成
米の輸出は富裕層向けから中間層向けへ
日本の米輸出は、かつては富裕層をターゲットにした高価格帯の商品が中心でしたが、近年では中間層向けの需要も増加しています。特にアジアや欧米市場では、日本の食文化が広まり、米や関連製品への関心が高まっています。これに伴い、価格帯が下がる一方で、消費者層が広がり、輸出市場は拡大傾向にあります。これにより、輸出ビジネスは持続可能な成長を見込める分野として注目されています。
米・パックご飯・米粉などの輸出も増加
米そのものの輸出に加えて、パックご飯や米粉などの加工製品も輸出額が増加しています。これらの製品は、利便性や健康志向を背景に需要が高まっており、特に欧米市場では注目を集めています。日本の高品質な米や米加工品は、他国製品との差別化がしやすく、輸出ビジネスとしても成長が期待されています。加工品の輸出は、付加価値を高めることで米農家の収益性を強化する一助となるでしょう。
また、金額ベースで日本酒の輸出増が高い存在感を示しています。
米農家は経営規模が大きいほど生産コストは下がるが、収益性はそれほど伸びない
先のセクションでは、今後集約化による規模の拡大や効率化によって日本の米の供給量は需要を満たす水準を保てる見込みであることを確認しました。ここでは、経営規模による生産コストや収益性の変化について確認します。
米の面積あたり生産コストは~3haまでは大きく低減。その後は微減
米農家における生産コストは、経営規模が拡大するにつれて効率が向上し、特に3haまでの規模拡大では生産コストの大幅な低減が見込まれます。しかし、3haを超えるとコスト削減の効果は徐々に鈍化します。農業機械の効率化や大規模な栽培技術の導入により、コストはある程度抑えられますが、それ以上の大幅な削減は難しいと言われています。このため、一定の規模拡大は利益に寄与しますが、コスト削減だけでなく、収益を確保するための別の戦略が必要です。
図表4. 経営規模別の米の生産費
出所:日本政策投資銀行・日本経済研究所「コメ産業の環境変化と今後の発展に関する調査 報告書」
米の面積あたりの収益性は~5haまでは大きく向上。以降は横ばい
経営規模が5haまで拡大すると、収益性が大きく向上します。これは、効率的な生産と市場での競争力が高まるためです。しかし、5haを超える規模拡大では収益性の向上は横ばいとなり、それ以上の利益拡大を見込むには新しい技術の導入や付加価値の高い製品の生産、販路の多角化が求められます。米農家として収益性を維持・向上させるためには、規模の経済を活用するだけでなく、差別化戦略を考慮する必要があります。
図表5. 経営規模別の収益状況
米農家として新規就農する場合に注意すべきこと
オーソドックスな米の単一経営で1,000万円以上の所得を得るには30ha以上の経営規模が必要
新規就農者が米農家として成功を収めるためには、経営規模が非常に重要な要素となります。特に、米の単一経営で1,000万円以上の所得を得るには、最低でも30ha以上の農地を管理する必要があると言われています。しかし、多くの新規就農者にとってこの規模は現実的ではなく、農地の確保や初期投資の負担が大きいため、慎重な計画が必要です。また、単一経営だけに頼らず、他の作物や関連ビジネスを取り入れることも有効な戦略となります。
収益性向上のための新技術の導入、独自の販売チャネルの開拓は必須
米農家として収益を上げるためには、新しい技術の導入や効率的な生産体制の構築が不可欠です。例えば、スマート農業技術やデジタルツールを活用することで、コスト削減や生産効率の向上が期待できます。また、従来の販路に頼らず、直接消費者とつながるチャネルやインターネットを活用した販売戦略を取ることで、利益率を高めることも可能です。新規就農者にとって、収益性を向上させるためのイノベーションは必要不可欠です。
新規就農で米農家を検討する前に、マクロエコノミクスを理解しょう
この記事では、日本と海外における米の需給の推移、米や米加工品の輸出のトレンド、経営規模別の大まかな収益状況などを確認しました。需給バランスの観点では大幅な市場価格高騰は見込めない点を考慮すると、オーソドックス米農家で相応のトップライン(売上)とボトムライン(利益)を確保することはかなり難易度が高いと言えます。従って、新規就農時に大掛かりな設備投資を行って米の生産に取り組むのは比較的リスクが高く、慎重な検討が必要と考えられます。
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