日本人の米離れが進むなか、一般的には「米農家は儲からない」と言われています。一方で、2024年は「令和の米騒動」として米不足や市場価格高騰がニュースを賑わせており、新規就農に際して米農家を選択肢に入れて検討されている方も多いのではないでしょうか。
事業計画策定に際しては、ソーシャルファクターを大まかに理解しておくことが重要です。例えば食習慣の変化などは農業とダイレクトに関連するなど、先手を打ち、投資を行う上での重要なインプットとなるためです。
そこで本記事では、稲作に関連する最新のソーシャルファクターを以下の類型で整理した上で、新規就農者が気を付けるべきポイントを解説します。
・玄米や健康志向への関心の高まり
・有機農業に対する関心の高まり
・アグリツーリズムへの関心の高まり
玄米や健康志向への関心の高まり
カロリー摂取量減少を目的として、玄米の需要が高まる
健康志向の高まりにより、特に日本を含む先進国では、カロリー過剰摂取を抑える意識が高まっています。国民健康・栄養調査などのデータによれば、現代の日本人は依然として推奨摂取量を上回るカロリーを摂取しており、肥満や生活習慣病のリスクが増大しています。そのため、ダイエットや健康増進の一環として、主食における低カロリー選択肢を求める声が強まっています。具体的には、白米と比較して消化吸収がゆっくりで、長時間の満腹感を得やすい玄米が注目されているのです。
例えば、家庭用炊飯器メーカーが行ったアンケートによると、玄米を食べる理由として「ヘルシーなイメージ」や「ダイエット効果」を挙げる回答が多く、日常的に玄米を選択する消費者が増加している傾向にあります。特に、30代から40代の働き盛り世代においては、健康管理と体重維持を意識した食習慣の変化が顕著です。この世代は、仕事のパフォーマンス向上やエイジングケアを意識した健康投資として、食生活の見直しに積極的です。
新規就農者にとって、こうした消費者ニーズの変化はビジネスチャンスと言えるでしょう。特に、低精米率の「胚芽米」や「五分づき米」といった玄米に近い選択肢の提供も検討する価値があります。これらの選択肢は、従来の白米と異なり、ビタミンやミネラルが豊富に含まれており、栄養価が高いことから健康志向の消費者に支持されています。
抗酸化/低GI食品としても、玄米の需要が高まる
玄米の特徴の一つは、抗酸化物質が豊富である点です。特に、玄米にはフィチン酸、フェルラ酸、ビタミンEなどの抗酸化成分が含まれ、これらは体内の酸化ストレスを軽減し、老化防止やがんリスクの低減に寄与する可能性が示唆されています。さらに、玄米はGI値(グリセミックインデックス)が低く、血糖値の急激な上昇を抑える効果があります。これは、糖尿病予防やダイエット効果に期待が寄せられている点です。
低GI食品の市場拡大とともに、玄米に加えて発芽玄米や黒米などの特別栽培米も注目を集めています。発芽玄米は、玄米を少し発芽させたもので、GABA(γ-アミノ酪酸)などの健康成分が増加しており、ストレス軽減や血圧低下の効果が期待されます。黒米はポリフェノールを豊富に含んでおり、強い抗酸化力を持つため「スーパーフード」としての認知度が高まりつつあります。
新規就農者がこの流れを捉える際には、こうした低GIや抗酸化食品としての特性をPRポイントとすることが有効です。特に、高付加価値の米品種を取り扱うことで、価格競争に巻き込まれずに収益を確保できる可能性が高まります。
新規就農者は、玄米や低精米の米の生産や健康意識の高い消費者へのチャネル獲得を要検討
健康志向の高まりは、単に個々の消費者の購買行動にとどまりません。今後、企業の社食や飲食店、さらには学校給食においても、健康志向の米が採用される機会が増えると予測されます。特に、企業が従業員の健康管理を強化する動きの一環として、食事の提供を見直すケースが増えています。このような動向を捉えて、特定の市場セグメントにアプローチするためのマーケティング戦略を練ることが、新規就農者にとっての成功のカギとなるでしょう。
また、ECサイトやSNSを活用したダイレクト・トゥ・コンシューマー(D2C)モデルも有望です。生産者自身が消費者に直接アプローチすることで、従来の流通ルートを介さず、付加価値の高い商品を提供することが可能です。特に、栽培から収穫、加工までの一連のプロセスをオープンにすることで、信頼性の高いブランドイメージを築けます。
有機農業に対する関心の高まり
有機米市場は2020年代に年平均9.05%で成長見込み
有機米市場の拡大は、国際的な健康志向のトレンドと歩調を合わせています。市場調査によると、2021年のグローバル有機米市場は約19億7,000万米ドルとされ、2029年には約39億4,000万米ドルに達する見込みです(https://www.databridgemarketresearch.com/jp/reports/global-organic-rice-market)。
この成長を支えているのは、消費者の健康意識の高まりと、持続可能な農業への関心の増大です。特に日本においては、有機栽培された作物の需要が伸び続けており、「有機JAS認証」の取得は生産者にとって差別化のポイントとなります。有機JAS制度は、日本独自の有機農産物の規格で、農薬や化学肥料を極力使用せず、自然に近い形で作物を育てることを目的としています。この認証は消費者にとって信頼の証とされ、特に子育て世代や高齢者を中心に支持が集まっています。
日本有機農業学会の調査によると、日本国内の有機農産物の市場規模は年々拡大し、2023年時点で約1,000億円に達するとされています。これは、従来の慣行農業に対する消費者の不安(残留農薬や環境汚染など)が後押ししているためです。また、健康面だけでなく、エシカル消費や地球環境保全の観点からも、持続可能な農法としての有機農業に注目が集まっています。これらの背景から、有機米市場の成長率が高まることが期待されています。
新規就農者が有機米生産を選択する場合には、有機JAS認証の取得を計画に組み込むと良いでしょう。認証取得には一定の手続きとコストがかかるものの、長期的にはブランド力の強化とプレミアム価格での販売が可能になります。また、地域の農業組合や有機農業推進団体との連携も、有機米市場での成功に向けた重要なステップです。
新規就農者は、有機JAS認証取得の有機米栽培も選択肢に
有機米の栽培には、化学肥料や農薬を使わない栽培技術が求められます。これには雑草管理や病害虫対策、土壌の健康管理など、従来の慣行農業とは異なるスキルが必要です。新規就農者が有機米栽培に取り組む場合、最初から全ての作業を自己流で行うのではなく、有機農業の専門家や経験豊富な農家からのアドバイスを得ることが重要です。
たとえば、地元の「有機農業塾」や「農業技術センター」が提供する研修プログラムへの参加が推奨されます。これにより、有機農業の基本的な知識から実践的な栽培技術まで、幅広く学ぶことができます。また、自治体の補助金や助成金の活用も検討するべきです。多くの自治体が、環境保全型農業の普及を目的として、有機農業者向けの支援制度を設けています。
さらに、農産物の流通や販売の工夫も重要なポイントです。特に、有機農産物は高価格で取引されることが多いため、地域の直売所や有機食品専門店、オンラインショップなどのチャネルを活用して、付加価値を付けた販売を行うことが求められます。
アグリツーリズムへの関心の高まり
消費者の関心は単なる収穫体験のその先へと進もうとしている
近年、観光農業に対する消費者の関心が収穫体験だけにとどまらず、より深い農業体験を求める方向にシフトしています。星野リゾート「リゾナーレ那須」の総支配人である中瀬勝之氏は「観光農業の収穫体験だけでは、いまの消費者の価値観に追いついていない」と述べ、観光農業の新たな可能性を探る必要性を強調しています(リンク)
消費者の間では農業の工程をアクティビティとして楽しみたいという需要が増えつつあり、田植えから収穫までのプロセスに参加したり、稲の育成に関するワークショップに参加することが人気を集めています。
例えば、千葉県の横田農場が提供する「おこめLABO」は、稲作の一連の作業を体験できるプログラムを展開しており、観光農業としての成功事例の一つです。また、農山漁村での滞在型観光を促進する「農泊」も、新たなビジネスモデルとして注目されています。JTB総合研究所が選定した福島県郡山市を含む5カ所のモデル地域では、インバウンド観光客向けの農泊プログラムが計画されており、地域の農業体験と日本文化の魅力を組み合わせたツアーが予定されています。
新規就農者がアグリツーリズムに挑戦する際は、適切なパートナリングを
アグリツーリズムは魅力的なビジネスチャンスである一方、成功させるには多くの課題が存在します。特に、新規就農者にとっては観光業のノウハウやケイパビリティが不足していることが多いため、農業以外の領域でのパートナリングが鍵を握ります。宿泊施設やレストラン、教育機関、さらには地域の自治体との協力体制を構築し、アクティビティの企画・運営を外部パートナーに委託することも選択肢の一つです。
例えば、観光農園に宿泊体験を組み合わせることで、収益源の多様化が可能となります。また、食育プログラムや農業体験教室を地域の学校と連携して実施することで、教育機関との協力を通じた集客も期待できます。新規就農者は、こうした多角的な取り組みを通じて、農業以外の新しい収益モデルを開拓していくことが重要です。
資本集約度の低さを逆手にとり、新規就農ならではの付加価値を
新規就農者と大規模経営体の対比を考えると、勝機は明確です。大規模経営体は効率とコスト削減を優先する一方で、市場変化に対する対応力が限られる傾向があります。これに対し、新規就農者はニッチ市場や特定の消費者層を狙う柔軟性を持ち、小回りの利く経営で消費者のニーズに迅速に応えることが可能です。例えば、有機栽培や機能性食品といった健康志向市場では、品質やストーリー性が競争力を高めます。
さらに、大規模経営体は観光農業で画一的な収穫体験を提供する場合が多いのに対し、新規就農者は地域特性を活かし、農作業のリアルな過程を体験させるといった独自の価値を創出できます。この差別化戦略は消費者の高まる体験志向にマッチしており、アグリツーリズムや農泊事業での成功に繋がるでしょう。結局のところ、大規模経営が必ずしも有利ではない市場の変化を味方につけ、軽やかな機動力を活かすことが新規就農者の最大の武器となります。
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