日本人の米離れが進むなか、一般的には「米農家は儲からない」と言われています。一方で、2024年は「令和の米騒動」として米不足や市場価格高騰がニュースを賑わせており、新規就農に際して米農家を選択肢に入れて検討されている方も多いのではないでしょうか。
事業計画策定に際しては、手始めに最新の政策・規制の動向を大まかに理解しておくことが重要です。法令順守や補助金・助成金活用はもちろんのこと、10年先の農業の潮流を読む上でも重要なインプットとなるためです。
そこで本記事では、稲作に関連する最新の政策・規制の動向を以下の類型で整理して解説します。
・土地利用規制と農地保護
・補助金・助成金
・エネルギー・環境
・デジタル化
・食の安全
土地利用規制と農地保護に関する政策・規制
農地バンク活用により大規模経営体への集約を促進
農地バンクは農地中間管理機構とも呼ばれ、農地の集約化を推進するための仕組みです。農地バンクは売買ではなく賃借を中心とした制度であり、農地を貸したい人と借りたい人の間に立って、貸し借りを仲介します。
賃借での農地利用を促進することで、農地の集約を進めるハードルを低くし、小規模農家から大規模経営体への土地利用の再編が容易になります。これにより、効率的な農業経営が可能になり、地域全体の農業生産力の向上が期待されています。
農地バンクを介した貸し借りを推進する金銭的なインセンティブあり
農地バンクでは貸し手や借り手に対して金銭的なインセンティブが提供されます。具体的には、「農地中間管理事業推進補助金」などの補助制度があり、貸し手には一定の賃貸料補助、借り手には農地整備や改良のための支援が行われます。
また、農地の集約化を促進するための低利融資や税制優遇措置も整備されており、利用者にとって経済的な負担を軽減するための配慮がなされています。
新規就農者が農地バンクから農地取得することは難しい
農地バンクは大規模経営体への集約を目的としており、基本的に大規模農家に優先的に貸し出される仕組みです。そのため、新規就農者が農地バンクを通じて広い面積の農地を取得することは難しい場合が多く、最初は小規模の農地からスタートせざるを得ません。
特に、新規就農者は農業経験の浅さや経営規模の小ささから、大規模な農地を確保するのが困難となる傾向にあります。
新規就農者を支える補助金・助成金
農業次世代人材投資資金(経営開始資金)
「農業次世代人材投資資金(経営開始資金)」は、農林水産省が運営する制度で、農業を新たに始める若者を支援するための補助金です。この制度の目的は、農業経営の継承や新規参入者を促進し、次世代の農業人材を育成することです。対象者は原則45歳未満の新規就農者で、研修を修了し、かつ独立・自営の農業経営を開始する予定の者が対象です。
要件としては、認定農業者の取得を目指すことや、就農後5年間の経営状況を報告する義務があります。支援金額は年間最大150万円(最長5年間)で、具体的な支援期間や金額は個別の要件に応じて決まります。
農林水産省による公式情報はこちら。
青年等就農資金
「青年等就農資金」は、日本政策金融公庫が運営する貸付制度で、農業経営を開始する若者が初期投資をカバーできるよう支援することを目的としています。対象者は、18歳以上45歳未満の新規就農者で、個人事業主として独立・自営の農業経営を行う者が対象です。
この資金の特徴は、無利子で貸付が受けられる点で、利用者は最長12年間の返済期間内に返済を完了する必要があります。貸付限度額は3,700万円であり、農地購入や機械設備の導入などの幅広い用途に利用できます。
日本政策金融公庫による公式情報はこちら。
経営発展支援
「経営発展支援」は、地域の農業振興を目指して自治体ごとに運営される補助金や支援制度の総称です。具体的な支援内容は自治体によって異なりますが、農業の多角化や生産性向上を目指す農業者を対象に、補助金や技術指導などが提供されます。
対象者は、新規就農者を含む個人または法人で、地域の農業振興計画に基づいて経営計画を策定していることが要件となることが多いです。補助金額は地域により異なりますが、通常、設備投資や経営改善のための費用の一部を補助します。詳細は自治体の農業振興課などの公式サイトで確認が必要です。
起業支援金
「起業支援金」は、各自治体が独自に提供する新規就農者や農業起業家を対象とした助成制度で、新たに農業を始める人が初期費用を負担しやすくするために設けられています。運営主体は各自治体で、支援内容も自治体ごとに異なりますが、一般的に、農業経営を開始するための費用(農地整備、機械導入、施設建設など)に対して補助金が提供されます。
対象者は新規就農者で、補助金の金額は100万円から500万円程度の範囲で提供されるケースが多いです。具体的な要件や金額は、各自治体の農業振興課での相談が必要です。詳細は、各自治体の公式ウェブサイトで確認してください。
補助金・助成金頼みの新規就農は失敗する
補助金や助成金は新規就農者にとって重要なサポートとなりますが、これに頼り過ぎると事業の失敗につながることがあります。成功する新規就農者は、補助金・助成金がなくても事業を軌道に乗せることができるような経営計画を立てています。補助金に頼るあまり、収支のバランスや事業計画が甘くなりがちで、資金が切れた時点で事業が行き詰まるリスクがあります。
そのため、新規就農者は補助金を一時的な支援と捉え、経営の自立を目指すことが重要です。補助金の活用方法についても計画的に考え、収益性の高い農業経営を実現するための自己投資やスキルアップを図ることが求められます。
エネルギー・環境に関する政策・規制
水資源使用の適正化に向けた規制の推進
日本の農業における水資源管理は、持続可能な農業実現のための重要な課題であり、いくつかの法律や政策がその適正化を促進しています。
まず「水循環基本法」は、水資源の有効利用と保全を推進するために制定された法律で、流域全体での水管理の重要性を強調しています。農業分野でも、効率的な灌漑システムの導入や水使用の削減が求められています。詳細はこちらのリンクで確認できます。
「農業用水の効率的利用促進のための政策」は、農業用水の利用効率を高めるための取り組みです。これは、灌漑技術の改善や水再利用システムの導入を奨励し、農業における水資源の持続的利用を目指しています。例えば、国の補助金を活用して、圃場へのスプリンクラーや点滴灌漑システムの導入を支援しています。詳細はこちらのリンクで確認できます。
さらに、「地下水法」は、地下水の過剰な採取を防止し、その資源を持続可能に管理することを目的としています。特に、地下水の多量利用に対する届出義務や、地下水位の監視制度が導入されており、農業分野でも適切な地下水管理が求められています。地下水に依存する地域の農家は、この規制を遵守する必要があります。詳細はこちらのリンクで確認できます。
また、「流域管理制度」は、流域全体での水資源の総合管理を推進する政策で、農業活動に伴う水質汚染の防止や水資源の公平な分配を目指しています。これにより、農業による排水の水質基準遵守や、河川への影響を最小限に抑えるための措置が求められるようになっています。制度の詳細はこちらを参照してください。
新規就農者は水使用の適切な届出、灌漑システム導入、などに留意すべき
新規就農者にとって、水資源管理は避けて通れない課題です。まず「地下水法」に基づき、地下水を大量に使用する場合は適切な届出が必要です。これを怠ると、罰則を受ける可能性があります。また、「農業用水の効率的利用促進のための政策」に従い、効率的な灌漑システムの導入を検討すべきです。スプリンクラーや点滴灌漑は、水使用量を削減しつつ、作物の成長を支えることができます。
さらに、「流域管理制度」のもとで、農業用排水の水質管理も重要です。特に稲作の場合、肥料や農薬の過剰使用は河川の富栄養化を引き起こすリスクがあるため、適正な使用量を守ることが求められます。具体的な対策としては、土壌分析に基づいた肥料施用や、有機栽培への転換などがあります。
新規就農者は、これらの規制や政策の要件を理解し、法的な義務を果たすだけでなく、持続可能な農業経営を目指す取り組みが必要です。
デジタル化に関する政策・規制
「スマート農業推進基本方針」による実証PJの推進
「スマート農業推進基本方針」は、農業のデジタル化と効率化を目指して策定された政策で、ロボット技術、AI、IoTなどの最新技術を活用したスマート農業の普及を促進しています。
具体的な取り組みの一環として、各地域で実証プロジェクト(PJ)が実施され、技術の現場適用性や費用対効果が検証されています。たとえば、農作業の省力化や自動化を目指すプロジェクトが各地で進められており、稲作ではドローンによる播種や自動運転トラクターの試験導入が行われています。
この基本方針は、農林水産省が主導しており、地域の特性に応じた技術導入のモデルケースが作られています。詳細な資料はこちらで確認ができます。
また、スマート農業を支援するための補助金も用意されており、実証PJに参加する農家や団体には費用の一部が補助されることがあります。これにより、新技術の初期導入コストを軽減し、技術普及の促進を図っています。しかし、小規模農家がすぐにこれらの技術を導入することは難しい場合があり、実証結果を待ってからの普及段階での参加が現実的です。
「農業デジタル化推進計画」によるプラットフォーム化の推進
「農業デジタル化推進計画」は、農業データの利活用を推進するための政策で、データプラットフォームの整備を目指しています。これにより、農作物の生育状況や気象データなどを一元的に管理できる仕組みが整備され、農業経営の最適化が可能となります。この計画では、データの標準化や共有プラットフォームの構築を進めており、異なるシステム間でのデータ連携がスムーズになることを目指しています。
農業分野でデジタル化を進めるために、「アグリデータプラットフォーム」の整備が進行中で、農家が自分のデータを活用して生産性を向上させることができる環境が提供される予定です。これにより、例えば農作業のタイミングや施肥の適量をデータに基づいて判断できるようになります。詳細な資料はこちらで確認ができます。
新規就農者は低コストで利用可能なサービスやアプリから要検討すべき
デジタル技術の導入は、初期投資が大きいため、小規模農家や新規就農者にはハードルが高いと感じられることがあります。しかし、「アグリデータプラットフォーム」などの無料または低コストで利用できるサービスを活用することで、デジタル技術の恩恵を得ることが可能です。例えば、スマホアプリ「Akisai」や「ファームノート」は、畑の作業記録や気象データを簡単に管理できるツールで、新規就農者にとって利用価値が高いでしょう。
すぐにメリットを享受できる点としては、これらのアプリを使って農作業の効率化や生育状況の記録が容易になることです。例えば、気象データに基づいて適切な灌漑タイミングを判断できるため、水資源の効率的な利用が期待できます。一方、ドローンや自動運転トラクターなどの導入は初期投資が大きく、補助金があるとしても、資金的な負担を軽減するためには数年の時間がかかることが予想されます。
食の安全に関する政策・規制
国際規格「コーデックス」に適合した規制の導入
「コーデックス(Codex Alimentarius)」は、食品の安全性と品質を確保するために国際的に定められたガイドラインであり、世界各国が採用する基準のベースとなっています。日本でも、この規格に適合した農産物の安全管理が進められており、農薬の残留基準や食品添加物の使用規制などが厳格化されています。特に、輸出を目指す新規就農者にとっては、コーデックスの基準を満たすことが市場参入の前提条件となるため、農産物の生産・管理方法の見直しが必要です。
日本国内では「食品衛生法」の改正を通じて、コーデックスの規格に基づいた残留農薬基準の整備が進んでおり、基準違反のリスクを低減するために生産者側にも徹底した品質管理が求められます。特に、稲作においては使用する農薬の種類や使用量の管理が重要であり、適正な基準内での運用が義務づけられています。詳細についてはこちらをご参照ください。
「有機JAS」制度の普及
「有機JAS」制度は、農林水産省が制定した有機農産物の認証制度で、農薬や化学肥料を原則として使用しない栽培方法で生産された食品に認定マークを付与するものです。この制度は消費者に対して食品の安全性と品質の保証を行い、農家が付加価値を持たせた製品を販売するための重要な基準となっています。
有機JAS認証を取得するには、3年以上にわたる無農薬栽培期間を経た後に審査を受ける必要があります。また、認証取得後も定期的な検査や申請が求められ、適切な管理が続けられていることを証明しなければなりません。
新規就農者が有機JASを目指す場合、土壌の改良や除草などの手間が増加する一方、認証取得により高付加価値商品としての販売が可能となるため、初期投資と見返りを考慮した計画が必要です。詳細はこちらをご覧ください。
「HACCP」の導入義務化
「HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point)」は、食品製造のすべての工程において衛生管理を行い、危害の発生を予防するための管理手法です。日本では2021年に食品衛生法が改正され、全ての食品事業者に対してHACCPの導入が義務化されました。農業分野では、収穫後の保管や出荷において、カビや異物の混入防止対策が求められます。
特に米の生産者にとっては、収穫後の乾燥、保管、精米などの過程で適切な温度・湿度管理を徹底することが重要です。HACCPによる管理基準を満たすことで、食品事故のリスクを低減し、消費者の信頼を得ることができます。詳細はこちらをご参照ください。
トレーサビリティの高度化
トレーサビリティとは、食品の生産から消費までの流通経路を把握し、何か問題が発生した際に迅速に対応するための仕組みです。日本では、消費者の食の安全意識の高まりを受け、トレーサビリティの重要性が増しています。特に米の生産においては、生産履歴の管理と記録が厳格に求められており、どの農薬が使用されたか、いつ施肥が行われたかなどの情報を詳細に記録することが必要です。
「農産物生産履歴管理システム」を利用することで、簡単に履歴情報を電子化し、消費者や取引先に提供できる仕組みが整備されています。こうした管理は、市場競争力を高めるだけでなく、万一の問題発生時におけるリコール対応にも有効です。詳細はこちらをご確認ください。
新規就農者は安全性と透明性担保のため、政策・規制を十分理解する必要あり
新規就農者が食の安全性と透明性を確保するためには、関連する政策や規制を深く理解し、日常的に適用できるようにしておくことが重要です。
まず、農薬に関する規制を遵守することが基本であり、「食品衛生法」に基づいた適切な農薬使用や保管が求められます。例えば、使用する農薬の種類、散布量、時期を記録し、トレーサビリティを確保することが必要です。また、カビや異物混入のリスクを防ぐため、収穫後の米の乾燥、保管、輸送において衛生管理を徹底することも不可欠です。
生産履歴管理の徹底により、消費者や取引先の信頼を得ることができ、万が一の問題発生時には迅速に対応できます。農産物の高い品質を維持し、市場での競争力を高めるために、新規就農者もこうした管理手法を積極的に取り入れるべきです。
政策・規制をよく理解した上で新規就農の戦略を
新規就農者は法令順守、資金調達、環境負荷軽減、戦略策定などの観点から政策・規制をよく理解しておくことが重要です。大きな潮流としては大規模経営体へ農地を集約し、スマート農業により生産効率を上げていくことが農政の狙いと言えます。最初からその潮流に乗ることは難しい新規就農者にとっては、尖りを持ちニッチを狙う以外の選択肢は限られていることをよく理解した上で事業計画をたてる必要がありそうです。
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