日本人の米離れが進むなか、一般的には「米農家は儲からない」と言われています。一方で、2024年は「令和の米騒動」として米不足や市場価格高騰がニュースを賑わせており、新規就農に際して米農家を選択肢に入れて検討されている方も多いのではないでしょうか。
事業計画策定に際しては、手始めに最新の技術トレンドを大まかに理解しておくことが重要です。ニッチを狙い小規模な農業を行う場合であっても、メインストリームを歩む大規模経営体はどのような技術を取り入れているのかをよく理解した上で自らのポジションを定める必要があります。
そこで本記事では、稲作に関連する最新の技術動向を以下の類型で整理して解説します。
・脱サラ就農者が導入を検討するに値する最新の農業技術
・多くの脱サラ就農者には費用対効果が合わないが、知っておくべき最新の農業技術
脱サラ就農者が導入を検討するに値する最新の農業技術
① ドローンによる精密散布
技術概要
ドローンを利用して、農薬や肥料を効率よく均一に散布する技術です。特に、地形が不規則な場所やアクセスが難しい圃場でも短時間で作業が完了するため、労力を大幅に削減できます。また、精密な飛行技術により、必要最低限の農薬や肥料を散布するため、過剰な使用を防ぎ、コスト削減にもつながります。
代表製品・サービス
■ DJI Agras T30(DJI)
農業用ドローン「DJI Agras T30」は、液体肥料や農薬を広範囲に散布できる
■ Yamaha Fazer R G2(ヤマハ発動機)
ヘリコプター型のドローンで、より大規模な散布に対応
初期投資額とランニングコスト
ドローン本体の価格は100万円〜200万円程度で、3haの圃場に使用するための初期投資は比較的低コストです。また、ランニングコストはバッテリーや消耗品の費用、保険などで、年間10万円程度とされています。
※正確な金額はサービスや圃場の条件などにより異なるため、企業への問い合わせが必要です。
効果額
散布作業にかかる時間を大幅に短縮でき、従来の手作業やトラクターによる散布と比べて、労働時間を最大50%削減可能です(参考:農林水産省調査)。また、農薬や肥料の散布量も最適化され、10〜20%のコスト削減が見込めます。
今後の発展見通し
ドローン技術は急速に進化しており、今後さらに精密な操作やデータ取得が可能となる見込みです。特に小規模農家でも導入が進みやすい技術として、今後のコスト低下に伴い普及が進むと考えられます。
② 水管理センサーシステム
技術概要
水田の水位を自動的に管理するセンサーシステムです。水田に設置されたセンサーが水位をリアルタイムで計測し、スマートフォンやパソコンから遠隔で管理できるシステムです。これにより、手動での水管理作業が不要になり、時間の節約と作業の効率化が図られます。また、水量の無駄使いを防ぐことで、節水にも貢献します。
代表製品・サービス
■ 農業データ連携基盤WAGRI(農業情報研究センター)
水田の水管理や土壌データを提供し、遠隔監視が可能
■ ソラリス水管理システム(クボタ)
センサーで水位を管理し、自動で適切な水量を保つ。スマートフォンで遠隔操作が可能。
初期投資額とランニングコスト
システム導入には、センサー機器の設置費用として1台あたり5〜10万円程度が必要です。3haの圃場に設置するためには、3〜4台のセンサーが必要となり、初期投資は20〜40万円前後になります。ランニングコストとしては、データ通信費やシステムの維持費で年間2〜5万円程度が見込まれます。
※正確な金額はサービスや圃場の条件などにより異なるため、企業への問い合わせが必要です。
効果額
手動での水管理作業が不要となるため、労働力削減が大きな効果です。例えば、1haあたり年間30〜40時間の水管理作業が削減されるため、人件費換算で年間3〜5万円程度のコスト削減が可能です。また、無駄な水の使用を防ぐことで、水道代やポンプの電気代も削減できます。試算によると、3ha規模で年間1〜2万円の節水効果が期待できます(参考:クボタソリューション事例)
今後の発展見通し
水管理センサーシステムは、今後さらに技術が進化し、より精度の高い水位管理が可能になると期待されています。特に異常気象や水不足の懸念が高まる中で、節水技術の需要は増加すると見込まれています。価格がさらに低下すれば、一般農家でも普及が進む見通しです。
③ RTK-GPSを利用した自動操舵システム
技術概要
RTK-GPS(リアルタイムキネマティックGPS)を用いた自動操舵システムは、既存のトラクターや田植機に後付け可能で、作業精度を数センチ単位で高めることができます。RTK-GPSは、通常のGPSよりも精度が高く、圃場内での直進走行やターン時の自動操舵を実現します。これにより、作業効率が向上し、無駄な作業を削減できるため、燃料コストや労働力の削減が期待できます。
代表製品・サービス
■ クボタトラクター自動操舵システム(クボタ)
既存のトラクターに後付けでき、クボタのRTK基地局と連動して数センチの精度で操作可能
■ Trimble Autopilot(Trimble)
農機メーカー向けに後付けできる自動操舵システム。精密農業の基盤技術。
初期投資額とランニングコスト
後付け型の自動操舵システムは、1セットあたり約100万〜200万円の初期投資が必要です。さらに、RTK-GPSの基地局の使用料やデータ通信費が年間で約10万円前後かかります。導入費用は高額ですが、既存のトラクターを有効活用できる点が利点です。
※正確な金額はサービスや圃場の条件などにより異なるため、企業への問い合わせが必要です。
効果額
自動操舵システムを導入することで、作業効率が10〜20%向上し、燃料費の削減が期待できます。例えば、3haの圃場で年間1万円以上の燃料コスト削減が可能です。また、労働時間を年間20時間以上短縮できるため、人件費換算で約3〜5万円の削減が見込まれます
今後の発展見通し
自動操舵システムは、今後ますます高精度化され、低コストで提供されることが予測されています。2025年までに、さらなる低価格化が進むと予測されており、特に小規模農家でも導入が進む可能性が高まります。普及が進むにつれ、技術の高度化とともに、無人化の一歩手前まで技術が進展することが期待されています。
多くの脱サラ就農者には費用対効果が合わないが、知っておくべき最新の農業技術
① 大規模スマートファームプラットフォーム
技術概要
スマートファームプラットフォームは、センサーやIoT、ビッグデータ、AIを駆使し、農作業の効率化と生産性向上を実現する統合的な管理システムです。農作業の各プロセス—種まき、灌漑、施肥、収穫—を自動化・効率化し、リアルタイムで圃場の状態(天候、土壌、植物の生育状況など)を把握することができます。特に大規模農場向けのシステムは、農作業の大幅な省力化を実現し、生産性を高めることが可能です。
代表製品・サービス
■ SORACOM(株式会社ソラコム)
IoT通信技術を活用した遠隔監視や自動化を実現。圃場管理に利用可能。
■ スマート米プロジェクト(NTTデータ)
稲作に特化したスマート農業プラットフォーム。ドローンやセンサーを活用し、AIを用いて作物の生育データを分析するシステム。
初期投資額とランニングコスト
大規模スマートファームプラットフォームを導入するには、圃場にセンサーを設置し、ドローンや自動化機器を購入する必要があります。3ha規模の圃場では、初期導入コストは数百万〜1千万円以上かかることがあります(ドローン:100万円〜200万円、センサーシステム:100万円前後、IoTプラットフォーム費用:200万円以上)。ランニングコストはデータ通信や保守点検の費用として、年間20〜50万円程度かかると予想されます。
※正確な金額はサービスや圃場の条件などにより異なるため、企業への問い合わせが必要です。
効果額
大規模運用では、生産性向上によって大幅なコスト削減や収益向上が期待できます。例えば、ドローンやセンサーを用いた精密農業技術により、最大30%の収量増加や、20〜40%の農薬・肥料削減が実現可能です【参考:農林水産省スマート農業普及事例】。しかし、小規模経営では投資回収が難しく、大規模農場向けの技術と言えます。
今後の発展見通し
今後、5G通信の普及やAI技術の進化により、スマート農業プラットフォームのコストは徐々に下がることが期待されています。2030年までに、スマート農業市場の規模は世界で約4兆円に達すると予測されています【参考:Research and Markets】。日本国内でも導入が進むことで、特に大規模農家ではさらなる普及が見込まれています
② 自動収穫ロボット
技術概要
自動収穫ロボットは、AI技術や画像認識技術を活用して作物の成熟度を判別し、自動的に収穫を行うシステムです。特に自動運転技術を活用して、無人での収穫作業を可能にします。主に、果物や野菜の収穫に使われることが多いですが、稲作でもコンバインやトラクターの自動運転技術が適用されています。これにより、労働力不足が深刻な農業分野で、作業の効率化が期待されています。
代表製品・サービス
■ Kubota Agri Robo Combine(クボタ)
クボタの自動運転コンバイン。稲の収穫を無人で実行可能
■ 農機自動操舵/収穫システム(FJ Dynamics)
中国企業で、自動収穫に特化したロボットを提供
初期投資額とランニングコスト
自動収穫ロボットや自動運転コンバインの導入には、機械1台あたり約1千万円〜2千万円程度の初期投資が必要です。また、メンテナンスや燃料費、消耗品の交換などで、年間100万円以上のランニングコストがかかることが一般的です。
※正確な金額はサービスや圃場の条件などにより異なるため、企業への問い合わせが必要です。
効果額
大規模農場では、人件費の削減や作業時間の短縮により、年間数百万〜数千万円のコスト削減が可能です。例えば、従来の収穫作業に要していた労働力を半分以下に減らすことができ、労働力コストを年間数百万円削減することが可能です。しかし、新規就農時の小規模な農地では、そこまでの人件費削減効果が得られず、初期投資を回収するまでには長期間を要します。
今後の発展見通し
自動収穫ロボットは、特に労働力不足が深刻な分野でのニーズが高まっており、2025年以降にはさらに多くのメーカーから低コスト化されたモデルが登場する見込みです。しかし現時点では、大規模農家や法人経営に向けた技術としての位置づけが強く、小規模農家では導入が難しいです。
② ブロックチェーンを活用した農産物トレーサビリティ
技術概要
ブロックチェーン技術は、農産物の生産履歴や流通経路を透明化し、消費者に安全性を提供するトレーサビリティシステムとして利用されています。この技術により、生産から消費に至るまでのデータを改ざん不可能な形で記録することができ、高付加価値な農産物(特にブランド米や輸出用の高品質米)の信頼性を高めることが可能です。
代表製品・サービス
■ 農産物トレーサビリティサービス(TE-FOOD)
農産物の生産・流通過程をブロックチェーンで記録し、消費者に公開する
■ IBM Food Trust(IBM)
農産物のサプライチェーン全体をトレーサビリティ可能にするIBMのプラットフォーム
初期投資額とランニングコスト
ブロックチェーンを活用したトレーサビリティシステムの導入には、初期コストとして年間100万円以上がかかることが一般的です。ランニングコストとして、ブロックチェーンネットワークの使用料や保守費用が年間数万円〜数十万円程度発生します。
※正確な金額はサービスや圃場の条件などにより異なるため、企業への問い合わせが必要です。
効果額
高付加価値な農産物の販売を目的とする場合、ブランド価値を向上させることで、売上の5〜10%増加が期待できます。例えば、1トンあたり50万円で販売しているブランド米において、年間数百万円の売上向上が見込めます。ただし、一般的な米では消費者のトレーサビリティ需要が低いため、効果は限定的です。
今後の発展見通し
特にプレミアム農産物市場では、トレーサビリティの重要性が増しており、ブロックチェーン技術の利用が拡大すると予想されています。日本国内の高級ブランド米や輸出米において、今後10年でブロックチェーン導入がさらに進展する見込みですが、一般的な米の栽培においては導入コストに見合うメリットが得られにくいです。
小規模の脱サラ新規就農では、工程を絞って最新技術を採用
小規模の脱サラ新規就農では、費用対効果の観点からすべての工程を自動化するのは得策ではありません。一方で、マーケティングや営業に時間を割くためには、労働集約的な工程を優先して最新技術をとりいれ、労働生産性を高めることが重要です。
稲作において特に労働集約的なのは「植え付け」「除草」「収穫」です。この意味ではトラクターや田植え機への自動操舵システムの導入は有効な選択肢と言えます。後付け可能な自動操舵システムは、比較的小規模な圃場でも効率的な作業を可能にします。
また、最新技術ではないため本記事では扱いませんでしたが、「除草」の省力化には火炎除草機も検討の余地ありです。雑草を燃やして管理する技術であるため、化学除草剤を使わずに雑草管理ができ、有機農業に適しています。
最新技術を効果的に導入して、新規就農を成功させましょう!
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